マムさん、ありがとう

昨日の夜、マムさんが息をひきとりました。

一昨日の夜までは、寝たきりとはいえ食欲があり、その前の日の朝には、しっかりしたウンチもしていたのです。目にも輝きがあり、まだまだ半年ぐらいはこのまま元気なのかなあとぼんやり思っていました。本当なら今日、病院に連れていく予定だったのですが、先にのばしても大丈夫かなという気がしていたぐらいでした。
呼吸も、リンパの腫れがましになったせいか落ち着いていて、おだやかでした。

それが昨日の朝、見に行ったら、すっかり元気がなくなっていて、息が荒くなっていて。
一晩でこんなに痩せる?という感じで、もともと痩せてきちゃっていたけれど、さらに肉が削ぎ落されたみたいで、びっくりしました。
全身から力がぬけてしまって、首もすわらないので、上手くだっこも出来ない状態。
目もとじぎみで、何より生気がなくなっているような気がして、私はふと「ああ、今日なのかなあ」と感じました。

姉は、昨日の夜はあんなに元気だったのに信じられないと言い、「熱があるのかも、月曜日に病院に行って注射をうってもらおう。それまでがんばれ」と励ましていました。が、私が「もう動かすの、そんどいかもよ。でも、無理してでも病院に連れていけば、元気になるかもしれへんし。このままここで寝かせておいてあげるもアリなんかなとも思う。どっちがいいか、正解なんかわからんけど……私はな、このままでもいいかなと思う」と話すと、姉は泣きました。

昼過ぎからだんだん息は荒くなっていき、お水も舐める程度で……朝は流動食を注射器で飲まし、夕方にはお薬も飲ませました。私は「延命はしない」と決めたいたけれど、やはり流動食やお薬までやめる勇気は、最期までありませんでした。

母が夜に帰ってきて……その後、姉が見に行ったら、息をひきとっていました。
十六年、家族に(特に母に)よく尽くしてくれたワンコでした。
あまり自己主張しない、性格のいいコでした。

亡くなるタイミング、マムさんは自分で決めたのかなと思いました。
土日、私と姉がめずらしく両方とも一日中いて、土曜日は二人でお世話をし、日曜日もまめにのぞいてあげる事が出来ましたし。
夜、母が帰ってくる前に、父が玄関に家用の車椅子を帰ってくる母のためにセッティングするのですが、その時、玄関で寝ていたマムさんは、父に会い……そして、母が帰ってきた後、やはり玄関にいたマムさんは、母に会い、ひそかにお別れの挨拶をしたのかなって。
母が帰宅した後、すぐに亡くなったなんて、そう思えますよねえ。

明朝、宝塚動物霊園さんにお迎えに来て頂きます。
ダンボールの棺には、今から姉がお花を買ってきてくれるので、それを飾ります。
「マム」という名前は、母がつけました。当時、「スミレ」という名前の女のコのワンコがいて、女のコのワンコには花の名前を……ということで、母が「マム」と決めました。「菊」という意味です。
認知症初期で、何度も散歩に出てしまう母に嫌な顔などせず、よくつきあってくれました。道がわからない母が迷子にならずに家に帰ってきていたのは、マムが家に誘導してくれているからだと、近所の人に言われたことがあります。
かしこかったね、マム。お疲れさま、ありがとう。
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by honnara-do | 2017-09-04 12:31 | 犬・猫 | Trackback