カテゴリ:家族( 154 )

のど仏さま

父の通夜、葬儀、それから初七日、無事に終わりました。
葬儀の段取りをしたのは初めてでしたが、「シンプルに、家で全て」という希望通りに行うことが出来ました。父と母のためのお式として、うまく進められました。
わが家の希望を、うまく叶えて下さった葬儀屋さんに感謝です。
担当さんもお世話をして下さった方々もお寺さんも、みんな親切で温かい人たちで、気持ちのいい3日間でした。
大きな地震があり慌てましたが、うちは母に痙攣発作が起きそうになったことと、花瓶が割れたぐらいの被害ですみ、お式には影響はありませんでした。

母にあまり負担がかからないよう、考えながら色々な予定をたてました。家でのお式ということで、やりやすかったです。
母には、まめに父が眠っている仏間をのぞいてもらうようにしました。なので、葬儀には10分ぐらいだけ出てもらえばいいかと。最初から最後までは、しんどいだろうし。
そして、いつも通りデイサービスに行ってもらおうと。
3日前、父が家に帰ってきてから、母は大変しっかりしていました。最近は表情がなくなりお人形のような感じの日も多くなっていたのですが、父を見てからの母の表情は豊かで、ああ、(父のこと)わかっているんだなと思いました。
葬儀の日も、10分してヘルパーさんが迎えにきて下さった時、はっきり「嫌!」と言い、私もヘルパーさんも驚きました。母の発する言葉を聞いたのは、いつぶりだったでしょう。数年ぶりかな。
それで、そのままけっきょく出棺までいてもらいました。
入院してから8ヶ月、父はひたすら母のために生きようと頑張りましたので、母もさいごに頑張って、父のそばにいようとしたのかもしれません。気丈な父でしたが、さらに気丈な母ですから、ちゃんと送り出すのは妻のつとめと思ったのかも。
父も母も、十分に夫として妻としてお互いのために頑張りあったと思います。

お骨あげには、母は連れて行きませんでした。車で移動するのは、さすがにしんどいでしょうから。
のど仏が崩れることなく、すごくきれいに残っていて、焼き場の人が「めずらしい」ですよとおっしゃいました。叔父が、これまで何人ものお骨あげをしたけれど、「こんなん初めてや」と言っていました。
のど仏というのは、喉にはなく、第二頸椎なのだと、葬儀屋の担当さんが教えてくれました。首の骨なので、頭の重みで潰れてしまうのだそうです。きれいに残るのは、骨の丈夫さではなく、運が大きいのだとか。
思えば、父は運のいい人でした。困ったことが起きてもなんとか乗り切ることが出来た、恵まれた人生だったと思います。





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by honnara-do | 2018-06-20 05:13 | 家族 | Trackback

家に帰ってきました

今朝、父が亡くなりました。
窮屈だった酸素マスクが、やっと取れました。そして、家に帰ってきました。
お父さん、おかえり。頑張ったね。

今晩は、母と同じ屋根の下でゆっくり眠って欲しいです。
通夜も葬儀も、家で、家族だけですることにしました。
母の負担も、それが一番少ないでしょうし。家が大好きだった父ですから。
父にとっては、家で普段通りにするのが、何よりの贅沢なはずです。

頑固で気難しい父でした。よく怒鳴られ、よく泣かされました。
意見を言おうとすると、「うるさい、黙れ!」とよく怒られました。
でも、不思議と今は、優しかった父のことばかりが思い出されます。

入院してから8ヶ月。だんだん悪くなり、もう危ないと何度も言われながらも、頑張り続けた父を、尊敬します。
先生も看護師さんも驚くほどに、気丈に母のために生きようとしました。
その生き様は、最期に親が見せる姿としては百点満点だったと、子は思います。

脳出血で倒れてから、大腿骨骨折をしてから、導尿が必要になってから……ここ10年ほどで、徐々に出来ないことが増えていき、私がお手伝いすることも徐々に増えていきました。8ヶ月前に入院してからも、なるべく毎日病院に通い、出来る限り寄り添ったつもりです。
十分にやることはやったもの。だから、亡くなった時には、泣かないぞと決めていました。悔いはない、涙は出ない……はずでした。
けれど、実際はわんわん泣いています。涙、すぐにこぼれます。
悔い、あります。
あの時、ああしてあげれば良かったな、ああしなければ良かったな。もっとああしてあげれば良かったな。

くよくよしていても、なんですが、鋼のハートの私でも、さすがにしばらくはくよくよしそうです。

これまで心配して下さった方、励まして下さった方、ありがとうございました。
父は穏やかな顔で、眠っています。
家に帰ってきて、ほっとしているようです。

※ お香典、お花は受け取らないことになりました。
お問合せ下さったみなさま、すみません。お気持ちだけ頂いておきます。

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by honnara-do | 2018-06-18 01:50 | 家族 | Trackback

転院

父の転院は、みなさんに助けて頂き、何とか無事に進んだ。
搬送は、救急車でサイレンをならしながら。主治医、呼吸器を管理して下さる先生、看護師、そして父と私。限られた乗車人数の中、誰が乗るのがいいかも、最後までよく考えて下さった。
今、少し安定しているとはいえ、重い状態に変わりはなく、救急車で搬送中に危険な状態になる可能性も大いにあるわけで、その状態の人を転院させなければならないことには、今でも納得はしていない。ただ、そういう決まりがあり、誰もが決まりに従って動いている中で、最大限の思いやりがあった。だから、父の転院に関わっている人の誰のことも悪くは思っていない。送り出す側も、しんどかっただろうと思う。

仕方のないこととして受け入れ、前を向かなければ。

新しい病院は、小さくて古いところだけれど、看護師さんも先生も感じが良い。
父のベッドは窓際で、空が見える。父は家にいる時も、窓から空を眺めるのが好きだったので、嬉しそうである。

転院に伴い、機械が変わったので、ちょっと小さめのマスクを試してみることになった。小さくなった分、マスクのずれ、空気漏れや加圧パワーは心配だけれど、擦れて出来てしまった鼻の皮のめくれがかなり深刻だから、その点では父の苦痛軽減になるだろう。

良かったことを並べて書いてみたが、環境が変わる時には、やはり負担が生まれる。
搬送の危険もそうだし、声が出ない父の意思をくみながらの介護を、新しい看護師さんたちには一から試行錯誤してもらわなければならない。父も意思が伝わらないのは、辛いはずだ。
設備が変わり、良かったものが新しい病院にはないのも、父の体には負担である。例えば、床ずれ予防のための大きなクッション(スネーククッション)が、新しい病院にはない。口から栄養が摂れない父はがりがりに痩せていて、出っ張ってしまった背骨に沿って褥瘡が出来やすい。床ずれ予防は大事なのだ。褥瘡はすごく痛いから。
これは、ネットですぐに購入し持ち込ませてもらうことに。3万円近くしたけれど、今の父のためなら安い買い物である。
それから、主治医が変わることは1番大きな負担かもしれない。
もちろんこれまでの状況は申し送りされるが、今までの全てはなかなか伝え切れるものではない。実は昨日、新しい病院の先生から気管切開をすぐに提案されたのには、おどろいた。むしろ気管切開はしない(いや、出来ない病院)だと了承して、それでもいいならということで、転院する流れになったのだ。それが出来る、いや、した方がいいと言われて、一瞬思考が追いつかなかった。
なぜ気管切開をすすめるのか、新しい先生に聞いてなるほどとは思ったが、無事に救急車で何事もなく転院完了した後、いきなり起こった新しい問題。正直、どっと疲れた。
気管切開とは、簡単に答えを出せない大問題である。転院に際して「気管切開はしないでいい」ということを決めるのも、姉と悩みながら話し合ってやっと出した答えだった。で、今度は、した方がいいというのだから、また悩み直しだ。
今日、前の病院に行って、前の主治医さんと看護師さんに相談してきた。看護師をしている友人Fちゃんとと親戚のEちゃんにも、電話で聞いてみた。
新しい先生のご提案も、父のことを思ってくれてのことである。してみるのもアリかと考えたりもする、が、ここで体にメスを入れるのも負担じゃないかとも考える。
する、しない、どちらが正しいということはない。
姉としっかり話し合って、決めていかなくては。
新しい先生から新しい提案がされたのは、いい事かもしれない。でも、新しい先生にこれまでの経過を話すのは骨が折れるし、そのために前の先生に会いに行ってこれまでの経過に込めた思いを確認するのも、転院をしなければ「しなくていいこと」ではある。

さてさて、なんか愚痴みたいになりそうなので、この辺でやめておこうかな。
が、愚痴みたいでもこうして文字として記すことは、意味があると思っている。

写真は、前の病院の看護師さんたちが書いて、持たせてくれた紙。ありがたい。
新しい病院の看護師さんたちが、父の意思をすぐ理解出来るようにって。
だいたい要望はこれぐらいで、上から順番に聞いていくと、それをして欲しいところで、父が頷くのだそうだ。私より前の病院の看護師さんたちの方が、今の父との付き合い方に関してはわかっていた。
ああ、転院したくなかったな。父もそうだろうな。
昨夜は、家に帰ると、前の病院のみなさんへの感謝と、寂しさと、そして新しい病院に対しての不安がいっしょくたになってこみ上げてきて、久々にめちゃくちゃ泣いてしまった。
いやいや、新しい病院のみなさんもいい人そうだし、ちゃんとコミュニケーションを築いていかなくちゃ。
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by honnara-do | 2018-06-15 19:24 | 家族 | Trackback

転院ついに

うちの最寄り駅から4つ目の駅にあるO病院。
駅からも近く、古くて小さな病院だが評判も悪くないし、転院の希望を出していた。が、空き待ちだった。
そのO病院の看護師さんと相談員さんが、父の様子を見にきて下さったのが、先週。
それで、受け入れを検討したいので、また面談に来て下さいと連絡があり、私がO病院に行ってきたのが一昨日の月曜日。
そして今日。主治医、看護師、相談員さんと、姉と私で話し合い、O病院への転院が決まった。 しかも、明日の朝に移動することに。急展開である!
救急車で搬送するとはいえ、父には負担が大きいので、調子のいい今を逃さない方がいいという判断だ。
父に話すと、うなずいていた。
ほっとする気持ち、不安な気持ち、寂しい気持ち、私でさえ複雑なのだから、父はどんな気持ちなんだろう。
でも、前を向いていくしかないね。
O病院なら、母も会いに連れていける範囲だし、私たちも通いやすい。いい方向に風が吹いてくれたと思っている。

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by honnara-do | 2018-06-13 19:13 | 家族 | Trackback

日曜日なので、母を父のところへ連れて行ってきた。
父はここ最近、目を開けるのもしんどそうで、だんだん元気がなくなっているなあと思っていたのだが、今日はすごく調子が良さそうで、目をぱっちり開けてくれた。
首を持ち上げ、母の顔を見ようとした。そんな力、あったんだと驚いた。

高槻の病院を見学に行った時、「このままで行こうと考えていますか?」と聞かれた。加圧の呼吸マスクをつけ、中心静脈から栄養を入れている今の状態は、いわば延命措置であり、それをこの先も継続するつもりかどうかの確認だった。
ここ最近の父は、先に書いたがだんだん元気がなくなってきていたし、加圧のマスクは鼻を押さえるので、皮が捲れてしまってとても痛そうだし。
私は「正直なところ、マスクをはずすこと、栄養を入れるのもやめること、考えたりはしています」と答えた。けれど、姉はまだそうは思えないだろう。

そして今日。目をぱっちり開け、首を持ち上げ、声をかけるとしっかりうなずく父がいて、ああ、まだ頑張ろうとしているのだなと感じた。
安易な判断はできない。
母がお世話になっている小規模多機能施設のNさんが(今日は病院についてきて下さったのだ)そんな父を見て、「お父ちゃん、まだ頑張ろうとしてはるやん。上のお姉ちゃんが、まだマスクを外したり考えられないの、わかるわ」とおっしゃった。
それから、「お父ちゃんの性格やったら、まだあきらめてへんやろうな」とも。
母も父も、パッと見では「もう生きているだけ」のように見えるかもしれない。母の場合は、表情もなくなってきているし、何もわからないのに……って。
父の場合は、口から栄養を摂れず、呼吸も機械頼りなのに……って。
それでも、家族や近い人には、生きようとする意思が見える。家族の顔を見れば、喜ぶ一瞬の表情が見える。

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by honnara-do | 2018-06-10 13:51 | 家族 | Trackback

病院見学

今月末は、伝記物の〆切。
毎日ノルマを決めて、マラソンを走るように書いている。
正直しんどい日もあるけど、マラソンは止まってはいけないのだ〜
また走りだす時、よけいしんどくなるからな。

今日はまた、父の転院先の病院の見学に行ってきた。
近くの病院に次々と断られ、ついに高槻の病院である。
わが家は大阪市内の、しかもほぼ兵庫県側なので、高槻は誰に言っても遠い。
でも遠くても、「そこは、遠いので……」は、もう転院先が見つからない言い訳にはならない。今いる病院の人たちも、今日の病院の相談員さんも、申し訳ない顔で対応してくれる。こちらも、いつまでも決まらなくて申し訳ない。が、やっぱりどこでも言い訳じゃないし。。。

今日、見学させてもらった病院は、今までで1番しっかりしていて、感じが良かった。安心感があった。。。でも、60日しかいられない地域包括型病院というやつで、また2ヶ月したら出なくてはならないのだ。
動かすのも大変な重病人の父に、その負担は大きいし、私たちも、病院探しがまだまだ続くのかと思うと、どっと疲れる。ふう。
明日は、枚方(これも遠い〜)の病院の見学だ。

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by honnara-do | 2018-06-07 16:47 | 家族 | Trackback

すみれの会

母がお世話になっているT先生が開催されている、認知症お悩み相談会です。
毎月第4月曜日、午後2時から3時。私も毎回、参加させて頂いております。
興味のある方は、お気軽にお越し下さい。
私はかつて家族で問題を抱え、1人で悩んでいました。当時、こういう会に出合っていれば、どんなに救われただろうと思います。
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by honnara-do | 2018-06-02 22:58 | 家族 | Trackback

転院先探し

父は二酸化炭素が高めで、そのせいで意識がはっきりしないのか、目を開けない。でも、全く意識がないのかというと、呼びかけると反応はあり、頷いたりはする。
今もテレビをつけようか?と尋ねると、頷いた。テレビ画面は見ないが、聞くだけでも刺激になる。

転院先探しは、続行中。
新たな病院がリストにあがり、家あるいは施設プラス訪問看護という選択肢も出てきた。父の場合、選択肢が少ない。大変だけど、さいごの場所になるだろうから、安易には選べない。
ほんまこの転院問題は、社会問題やと思う。うちのように終末期の人の場合、少しでも一緒にいたいのに、病院探しに時間をとられるのは何だかなあだし。。。療養型では難しい病状の人(うちの場合、酸素と二酸化炭素のコントロールが必要)は受けれられないことがあり、可能なのは、家からものすごく遠い病院だとか。患者本人も、今日明日生きるのも必死なのに、移動するのは大変だし。うちの父のように環境の変化を嫌う(繊細で気難しく、看護師さんや病院の雰囲気に慣れるのに苦労する)人は、せっかく慣れた頃に移動するのは、精神的にも負担が大きいし。家族だって、環境の変化は負担だ。
出て、ベッドを開けなければならない理屈はわかる。しかし、心がついていかないというか、この状態で。。。と、つい考えてしまう。


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by honnara-do | 2018-05-30 12:42 | 家族 | Trackback

転院

父の状態は、良くないが安定はしている。
加圧の酸素マスクは外せないが、外さなければ酸素の数値は悪くならない。
肺炎の炎症は、ここ数週間はひどくなっていない。でも喀痰吸引は数時間おきにしなくてはならない。目を開けている時間は、日ごと少なくなってきている。ベッドを起こすのも嫌がることが多くなった。しんどいのだろう。
しかし、安定しているので、転院先の病院探しは続いている。
リストにあった病院は、全部見学した。
それで1番いいなと思った病院にリクエストをしたが、断られてしまった。。。
加圧の酸素吸入をしていて、重病の父を引き受ける自信がないとどこの病院も言う。
対応出来るのは急性期病院なのだが、急性期病院は長くいれない。
じゃあ、どうしたらいいの? ということで、また先生とソーシャルワーカーさんと話し合うことになった。

昨日は、アミー二で絵本の勉強会だった。
私は講義を聴く側で、生徒さん。最近、先生側ばかりだったから、楽しかった!
課題本は、「おばあちゃんとバスにのって」
みんなで一冊の本について語り、考え、勉強する時間はとても贅沢だった。





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by honnara-do | 2018-05-28 13:56 | 家族 | Trackback

母の日

雨だったが、日曜日なので、母を父のところに連れていった。
先週は、母も父も目を開けてくれなかったが、今日の母は起きていて、父も母の顔を見ようとして、目を開け、頭を持ち上げた。
先週前半の父はかなりしんどそうだったが、後半は楽になったようでテレビを観たりしていての今日だった。
目をあけなかった週の前半、もしかしたらもう、酸素マスクをとるという選択もあるのかもしれないと考えた。でも、後半の様子を見たら、まだお父さんの寿命はあるんやなあと思う。
マスクをとってしまったら、父はもう母の顔を見ることは出来ないのだし。やっぱり出来ないなあ。父の終わりの時を、私たちが決めるのは重い。でも、もし決めた方がいいと感じる時が来たら、勇気を出さなくては。。。

そして、今日は母の日。母はデイサービスでカーネーションをもらって帰ってきた。感謝。



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by honnara-do | 2018-05-13 23:58 | 家族 | Trackback

作家・楠章子のきまぐれ*のんびりブログ*日々のささやかなことを書いていこうと思います


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