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京都ライトハウス チャリティーコンサート

社会福祉法人 京都ライトハウス のチャリティーコンサート で、『ばあばは、だいじょうぶ』を朗読して頂けるそうです。

嬉しいです。

チケット代の収益金は、ライトハウスに寄付されます。

ライトハウスは、視覚障害者のための社会福祉施設です。

↓コンサートの詳細↓

http://www.kyoto-lighthouse.or.jp/news/read/id/931


by honnara-do | 2018-09-08 14:08 | | Trackback

お家介護

北海道がえらいことに。。。次々、どうなっとるんじゃ。

母が毎日お世話になってる小規模多機能施設さんは、今朝もまだ停電中だった。
でも、今日から困っている利用者さんは、受け入れているとのこと。
うーん。悩んだが、昨日の熱中症騒ぎを考えれば、冷房のきいている家にいる方がいいと判断した。今日から姉は出勤するらしいから、私が一人でお家介護を担うわけだが、がんばるしかない!
冷房がきいていて、エレベーターが動けば、一人でも大丈夫! な、はず。

ヘルパーさんに電話をかけると、6名の利用者さんが来ています、と。
昨日、アイスノンと氷が役にたったので、うちのを使って下さいと申しあげた。が、今朝、本部からたくさん届いたそうだ。数日すると、うるおってくるのだなと思った。
大変なのは、やはり直後だ。今回、そこはもう自衛するしかないと悟った。備えていたつもりだが、つもりだった。ペットボトル水やお茶は備蓄しているし、台風が来ると知って、お風呂に水をためていた。食料、ロウソクや懐中電灯、ランプ、薬なども買ってある。
でも、暑さ対策はちょっと甘かった。氷少しとアイスノン3つ、保冷剤数個では、足りなかった。冷凍庫いっぱいに用意しておけば良かった。そうすれば、停電しても溶けにくかったと思うし。
アイスノンでいっぱいにする必要はない。手軽に小さなペットボトルの飲料を、凍らしておけば良かったと反省。それなら、溶けても飲料として利用出来る。

あとになれば色々思いつく。今後にいかそう。
今日の母のお家介護は、楽チンではなかったが、無事にすんだ。
夕方、小規模多機能施設さんの電気も復旧した!
ああ、良かった。
母の介護は、本来一人では無理(特にトイレ介助が、一人ではもう出来ないので、オムツにしてもらうことに。。。でも、オムツにするのが気持ち悪かったのか、日中、何度オムツチェックをしても濡れていなくて、夜、オムツパッドを夜用のロングサイズに変えていたら、じゃーとした。我慢していたのだと思う。便は、台風から一度も出ていない。オムツでしたくないんだろうな)なので、今日母にはしんどい思いをさせた。
施設が電気復旧と聞いて、ほっとしたが、母の方がもっとほっとしているかも。

by honnara-do | 2018-09-06 22:08 | 家族 | Trackback

台風からの停電(まとめ)

台風、めちゃめちゃ怖かったです。すごい台風だと聞いていましたが、本当にすごかった。。。
うちは、風がきつくなってすぐに停電しました。

電気のない生活は、想像以上に大変でした。私と姉は何とでもなるんですが、母にとってはかなり過酷でした。

今回、毎日母がお世話になっている小規模多機能施設さんも停電で、受け入れ不可能となりました。
うちもまだ電気復旧してないんだけど、どうしたらいいの?!と一瞬思いましたが、仕方がありません。
受け入れ不可能でお休みとはいえ、スタッフさんは朝から動き回っているそう。小規模多機能施設さんには、一人暮らしの利用者さんや一人暮らしで寝たきりの利用者さんもおられるのです。
そういう人たちには、訪問介護が命綱。一軒ずつまわって、とりあえず食べ物、飲み物を手渡しています、と。
ああ、こんな時は、自分たちに出来ることを精一杯しなくてはならないと思いました。姉もいるし、何とかなるかなって。

けれど、甘かったです。

まず、エレベーターが使えず、要介護5(自分では寝返りも出来ない)の母を、人力で運ぶのが大変でした。
寝室は3階ですが、日中3階は灼熱地獄なので、下におろす必要があります。
→初日は、家によってくれた男性ヘルパーさん二人にお願いしたのですが、2日目は、姉と私で頑張りました。絶対に落とせないので、気合いで運びました。

そして、やはり熱中症対策。冷やすためには氷だと思い、朝からスーパーやコンビニをまわりましたが、思った以上に閉まっていました。あきらめかけた時、一軒、停電しているけれど、開いているコンビニを発見。溶けかけているけれど、まだ使えそうな氷を買わせてもらいました。
停電のためレジの機械が使えず、電卓で計算していたため、お会計を待つ人が列になっていました。時間がかかりましたが、とにかく買えて、すごく助かりました。
冷凍庫のアイスノンもぎりぎり冷えていたので、使いました。氷は限りがあるので、濡れタオルも併用しました。まめに水道水で冷やしては、交換し、時に体全体をふいたりしました。
でも午後3時ごろ、母の顔が赤くなり、体をさわるとかなり熱い。室温は30度ちょっと。やばい!と、必死で冷やし続けました。冷やす箇所を増やし、脇の下、首、おでこなどを冷やすようにしました。気休めかもしれませんが、ダンボールであおぎ、風を送ったりも。
なかなか熱は冷めず、怖くなってきた私と姉は、施設のヘルパーさんに電話をかけて相談。ヘルパーさんは、すぐに見に来てくれました。結果、もう少し様子を見ることに。
冷房がきいている受け入れ先を、どこか探すことも考えたのですが、母の場合、介護方法が難しいので、知らないところに連れて行くのは、なるべく避けたいと考えました。今まで、思ったようにみてもらえず、ぐっと弱ってしまったことが何度かありましたから、どうしても慎重になります。
けれど判断は誤らないように気をつけながらの、もう少しの様子見。母はだんだん冷えてきました。これで夜になれば涼しくなるし、大丈夫だろうと予想。が、今晩は昨晩より暑く、こりゃだめだーって感じになり、このまま寝ずに冷やし続ける覚悟でした。

で、22時すぎに、電気が復旧!
救われました( i _ i )

台風のあの強風は乗り切り、怪我もなく家は壊れませんでしたが、その後困りました。氷とアイスノンを手に入れること、あと、携帯電話の充電も。
私は、近くに住む友人(家は電気復旧済)が充電してくれて、アイスノンも貸してくれましたけど、彼女のような存在がいない私たちのような人、いるだろうな。
充電は、もっと出来る所があると思っていました。でも、意外になくて、ショックでした。
ネットで調べると、少し遠出をすれば何箇所かありましたが、母がいるので、遠出は無理。うちは車がないし、自転車ですぐに行ける範囲に、今回充電してくれるところは見つかりませんでした。

以上。今後の行政への期待と共に、自身の反省(もっと対策出来たのではないか)も込めて書いてみました。


by honnara-do | 2018-09-06 01:12 | 家族 | Trackback

講演のお知らせ

講演のお知らせです!
講演は苦手ですが、今、悩んでいる人に言葉を届けたいし、安心して老いる事が出来る社会実現のために、話さなくてはと思うので。
が、がんばります。
講演の詳細は、こちら→ https://tosho.nishi.or.jp/2018/09/post-333.html

by honnara-do | 2018-08-19 23:17 | | Trackback

初盆

東京、山形に行っていた。
東京では打ち合わせ、山形では東北芸術工科大学の集中講座。
どちらも無事にいい感じに終えて、帰ってきたら、すぐに父の初盆の法要をした。
親戚のおじさん(90歳)が、家まで来て下さった。
苗字が同じ楠さん、でも、お会いするのは20年ぶりぐらいだった。
おじさんは昔、うちのお風呂屋さんに住み込みで働いてくれていたらしいが、私は赤ちゃんだったので、覚えていない。
写真をとったら、みんな似ていて、血縁ってすごいなあと思った。
うちは私にも兄にも姉にも子どもがいないが、おじさんたちのところには孫まで生まれていて、なんかほっとした。

ところで、『ばあばは、だいじょうぶ』は、この夏もさまざまな所で読んでもらえているようだ。
認知症サポーター講座に、よく使ってもらっているようで嬉しい。
サポーター講座の様子 → https://www.doshinsha.co.jp/news/detail.php?id=1372

by honnara-do | 2018-08-18 14:17 | 家族 | Trackback

文藝春秋

明日発売の「文藝春秋」9月号に、「百日紅は忘れずに」というエッセイを書かせて頂きました! 憧れの「文藝春秋」に掲載して頂けるなんて、感激です!!!

ちょうど芥川賞・直木賞の受賞作品とその選評が載る号です。私は芥川賞・直木賞の受賞作は必ず「文藝春秋」で読むようにしています。選評を読むのが、おもしろいからです。

今回、さらに嬉しいことがありました。
担当して下さった編集さんが、「週刊文春」の編集の方に異動になったのです。
「週間文春」! 父が毎週楽しみにしていた週刊誌です。私が子どもの頃、すでに読んでいましたので、少なくとも40年は、愛読していたと思います。
病床で、口からの栄養摂取を禁止され、病院のベッドで寝たきりになり、楽しみがない中、「週刊文春」を買ってきてくれと言い、調子が良い日はページを開いていました。そのことを、編集さんにお伝えしたら、その方は、もとは「週刊文春」の編集をしていて、少し「文藝春秋」にいて、また「週刊文春」に戻ったのだということがわかり、父のことを話すと、とても喜んで下さいました。
「週刊文春」の編集の人に、発売日を心から楽しみにしていた読者がいた事をお伝え出来て、本当に良かった。
お父さーん、伝えたよ! 喜んで下さったよ!

「文藝春秋」ホームページ

by honnara-do | 2018-08-09 19:17 | | Trackback

吉田町続報

吉田町続報です!
ツイッターでの叫び声が、どんどん拡散されて、やっと報道が町に入ったようです。
支援はこれからだと思いますが、ひとまず良かった。
父の同級生さん家族の無事も、間に何人もの人が入り、確認出来ました。
一階は水浸しらしいですが、みなさん大丈夫のようです。ほっとしました。

by honnara-do | 2018-07-08 22:42 | 家族 | Trackback

大雨被害

昨日、書いた祖父と父の故郷で、うちのお墓がある愛媛県宇和島市吉田町。
山崩れが起き、宇和島の方へも出れず、孤立された状態がまだ続いているようです。父は高校卒業まで吉田にいたので、同級生さんたちのことが心配です。電話、つながりません。
テレビでは、肝心のところが全然出てないようです。土砂崩れで、カメラも入れないためだと思われます。ツイッターなどでは、住民のみなさんが、取り残されてしまうのが不安だ、助けて下さいと叫び声をあげています。
今でも断水、停電、浸水、土砂崩れで完全孤立。水が底をつく人もいるそうです。
何か出来ることはないかと考えつつ、こうして情報を広げることしか出来ません。ああ、なんか他に出来ること、あるかな。
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by honnara-do | 2018-07-08 11:40 | 家族 | Trackback

大雨

父が亡くなって、明日で3週間。
私はやることはやったから泣かないと宣言していたのに、今でも父の話をすると泣いてしまう。喪失感が大きすぎて、自分でも驚いている。
やはり最期の3日間に「悔い」が残ってしまって、いけない。
誰かを責めているのではない、だからこそやり場のない感情に途方にくれている。
転院は仕方なかった、でも……転院3日で亡くなったことが、どうしても仕方なかったよねと思えないのだ。
その日、亡くなる運命だったとしても、慣れた人たちの中で逝かせてあげたかった。
私たちが病院に着いた時、父の息はすでに絶えていた。
気難しく頑固な父が、8ヶ月のうちにやっと看護師さんや先生に心を許し、安心して過ごしていたのに、そんな人たちから離れ、さぞ不安だったことだろう。
守ってあげれなかった、知らない人ばかりの転院先で、一人で逝かせてしまった。
少し安定していたとはいえ、救急車で運び、新しい病院ではまた半日さまざまな検査をしなければならなかった。そんなこと、あの状態でさせたくなかった。

お母様を病気で亡くした親友が、そういう「悔い」を、世の中の人はみんな、抱えて生きているんじゃないかなと言った。自分もそうだしって。
ああ、そうなんだなあ。
生きていくというのは、そういうものを抱えていくということなんだなあ。

ところで、雨の被害がすごい。
祖父と父の故郷で、うちのお墓がある愛媛県宇和島市の吉田町が、大変なことになっている。浸水し、山崩れが起き、孤立した状態なのだ。
水も確保出来ないまま、救助を待っている人がいる模様。
ニュースになっていないのが問題で、ツイッターで個人が「見捨てないで!」「助けて下さい!」と呼びかけている。
ツイッターで、町の人が拡散している画像を見る限り、何度も歩いた町は、川になってしまっている。船で救助しているようである。
心配。父もきっと心配していると思う。

by honnara-do | 2018-07-07 22:43 | 家族 | Trackback

のど仏さま

父の通夜、葬儀、それから初七日、無事に終わりました。
葬儀の段取りをしたのは初めてでしたが、「シンプルに、家で全て」という希望通りに行うことが出来ました。父と母のためのお式として、うまく進められました。
わが家の希望を、うまく叶えて下さった葬儀屋さんに感謝です。
担当さんもお世話をして下さった方々もお寺さんも、みんな親切で温かい人たちで、気持ちのいい3日間でした。
大きな地震があり慌てましたが、うちは母に痙攣発作が起きそうになったことと、花瓶が割れたぐらいの被害ですみ、お式には影響はありませんでした。

母にあまり負担がかからないよう、考えながら色々な予定をたてました。家でのお式ということで、やりやすかったです。
母には、まめに父が眠っている仏間をのぞいてもらうようにしました。なので、葬儀には10分ぐらいだけ出てもらえばいいかと。最初から最後までは、しんどいだろうし。
そして、いつも通りデイサービスに行ってもらおうと。
3日前、父が家に帰ってきてから、母は大変しっかりしていました。最近は表情がなくなりお人形のような感じの日も多くなっていたのですが、父を見てからの母の表情は豊かで、ああ、(父のこと)わかっているんだなと思いました。
葬儀の日も、10分してヘルパーさんが迎えにきて下さった時、はっきり「嫌!」と言い、私もヘルパーさんも驚きました。母の発する言葉を聞いたのは、いつぶりだったでしょう。数年ぶりかな。
それで、そのままけっきょく出棺までいてもらいました。
入院してから8ヶ月、父はひたすら母のために生きようと頑張りましたので、母もさいごに頑張って、父のそばにいようとしたのかもしれません。気丈な父でしたが、さらに気丈な母ですから、ちゃんと送り出すのは妻のつとめと思ったのかも。
父も母も、十分に夫として妻としてお互いのために頑張りあったと思います。

お骨あげには、母は連れて行きませんでした。車で移動するのは、さすがにしんどいでしょうから。
のど仏が崩れることなく、すごくきれいに残っていて、焼き場の人が「めずらしい」ですよとおっしゃいました。叔父が、これまで何人ものお骨あげをしたけれど、「こんなん初めてや」と言っていました。
のど仏というのは、喉にはなく、第二頸椎なのだと、葬儀屋の担当さんが教えてくれました。首の骨なので、頭の重みで潰れてしまうのだそうです。きれいに残るのは、骨の丈夫さではなく、運が大きいのだとか。
思えば、父は運のいい人でした。困ったことが起きてもなんとか乗り切ることが出来た、恵まれた人生だったと思います。





by honnara-do | 2018-06-20 05:13 | 家族 | Trackback

作家・楠章子のきまぐれ*のんびりブログ*日々のささやかなことを書いていこうと思います


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